なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか? 第10話
出社すると、事務所に何人かのお客さんが来ていた。社長の田中と正平がソファーで対応していた。圭介が入って来たのを認めると、社長が大声で手招きをして呼んだ。
「おおい、山村君。お客様だ、ちょっと来てくれ」
圭介が駆け寄ると、3人の客のうちの1人の若い女性が振り返ってお辞儀をするなり言った。
「おはようございます。私、若葉幼稚園の藤沢淳子(ふじさわじゅんこ)と申します。先生をやってます。こちらが、私の父です」
「どうもはじめまして。若葉幼稚園の園長をしております藤沢一郎(ふじさわいちろう)でございます。娘からは、かねがねお噂を聞いております」
(え? かねがね噂だって?)
首を少し傾げながら、1人、2人と、名刺を交わした。そして、3人目に名刺を交わした初老の男性は、この「商店街の会長さん」だった。商店街の夏祭りのイベントに田中エナジーも社員全員で参加しているので、顔ぐらいは知っていた。
「いつもお世話になります。ところで、みなさんお揃いで朝早くから何か御用ですか?」
社長が、
「今、簡単にお話をうかがったところなんだがね。商店街全体で、『清掃活動をしよう』っていう提案にいらしたんだよ」
その後を受けて、かわいいパンダのイラストの付いた大きなエプロンを羽織った淳子が説明を始めた。圭介の方を、その大きな瞳でじっと見つめながら。
「田中エナジーさんがこの夏くらいから商店街のそうじをしていただいているでしょう。私、すごいなぁって感心してたんです。でもね、幼稚園もなかなか人手不足で、園児たちの送り迎えをしていると時間が取れないのが実情なんです。それって言い訳ってわかっているんですよ。だんだんと田中エナジーさんがそうじをされるエリアが広がってきて、自分たちもなんとかしなきゃって思ったんです。それを父に話したら、父から会長さんに話がいって…」
商店街の会長が小さくうなずいた。
「それを商店街の店長たちに話したらね、それじゃぁ、商店街全体で清掃活動をしようってことになったんです」
会長が言った。
「いやね、この前テレビを見ていたら、『商店街の活性化』は、まず、そうじからだってやってたんですよ。ゴミ1つ落ちていないキレイな商店街は、お客様がやってくる第一条件なんだって」
「それでね、田中エナジーさんに、清掃活動のリーダーになってもらおうという話になったんです」
社長は鼻が高いらしく、ニコニコしている。そして、
「こりゃ、山村君に任せるよ。彼はね、一番最初にそうじを始めた人間でね…」
「知ってますわ!」
淳子が発した大きな声に、その場のみんなが驚いて淳子の顔を見た。
「山村さんがね、この春ごろだったかなぁ。うちの幼稚園の前で空缶を拾われたんですよ。それもサッと自然体で。それを酒屋さんのところのゴミ箱へ行って捨てられたのも見ていたんです」
圭介は、もう穴があったら入りたい気分だった。あの日、生まれて初めて空缶を拾ったとこを見られていたのだ。
(しまった…あれは、気まぐれで拾った、最初の1個だったのに…)
「すごいなぁって、感心しちゃったんです。きっと、いつも拾っていらっしゃるんですよね。駅とか公園とかでも…。そういう人って尊敬しちゃいます。カッコイイですよね」
淳子の父親の藤沢一郎が、
「ずっと淳子はこればっかり言ってましてね。実は、まだ最近のことで威張れることじゃないんですが、うちの園児たちにも園内のそうじをしてもらうことにしたんです。これがまたご父兄のみなさんに好評でして。これもみんな山村さんのおかげなんですよ…」
「それは誤解ですよ、だってあの時は……」
と言おうとした言葉をさえぎって、
「そうなんです! 本当に、山村さんのおかげなんです!」
と淳子は圭介をキラキラした瞳で眩しそうに見つめたのだった。
結局、今度の商店街の例会で「商店街クリーンアップ作戦」なる企画が立ち上がることになった。「詳しくはその場でお話しましょう」ということで帰っていかれた。地域を巻き込んでの活動になることに、圭介は少なからず戸惑いを感じていた。
なにしろ、自分は、「そうじをすると売上が上がるのか? そうじをするとお金が手に入るのか?」という実験でスタートしたのである。いわば、「動機が不純」なのである。「社会奉仕」のつもりなんて、最初はまったくなかった。どうしたものかと考えていると、正平が近寄ってきて、耳元で囁いた。
「リーダー! あの娘ぜったいリーダーのこと、好きですよ。いいなぁ、あんな可愛い子、うらやましいですよ」
圭介はまたまた赤面した。
「バ、バカヤロー。そんなわけないだろう!」
と言うのが精一杯だった。
後日、藤沢園長が改めて社長を訪ねてきた。子供たちの安全のために、今年の冬から床暖房にしたいという。「今からでも工事は間に合うだろうか?」という相談だった。
幼稚園の冬休みの期間を利用して、「大至急で工事」をすることになった。そのほか、老朽化している水回りの工事をすべて引き受けることも決まった。これだけで、「かなりの売上」になる。
結果、田中エナジーの社員全員が、今までで一番多い額面の「ボーナス」が支給されることとなった。そうじをはじめて9ヵ月、売上が上がり、お金が手に入ったのだ。そして、圭介は、ほとんど毎日のように淳子との「打ち合わせ」に追われるようになった。
そして、「クリスマス・イブの夜」、2人は初めて食事に出掛けた。
…年が明けて早々のこと。昼の休憩のときに正平が圭介に話しかけてきた。
「リーダー知ってました? 公園の近くで、ずっと工事をしていたじゃないですか。あの建築中の建物って、ホテルなんですってねぇ。この夏にはオープンらしいですよ」
「へぇ、そうなの」
圭介が、あの老人に会うきっかけとなったのも、「その工事」があって、迂回をしている途中で、公園を突っ切って近道をしようと思ったからである。そう考えると、「その工事」自体にも、なにかの縁を感じていた。
「それでね、リーダー。今日の新聞にね、そのホテルのことが載ってるんですよ。ほら、コレですよ…」
差し出された新聞を見て圭介は思わず息を呑んだ。あの老人の写真が大きく載っていたのである。それは誰もが知る「ホテルグループ」だった。創業者で会長という肩書きが、写真の下のプロフィールに躍っていた。
「どうしたんですか、リーダー。ねえ、リーダー!」
圭介の頭の中では、あの老人、いや「会長の言葉」がぐるぐると回っていた。
「拾った人だけがわかるんじゃよ」
〜第2章に続く〜
(※この続きの「第2章」、「第3章」は、下記の『なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?』でお楽しみください)
ごみ拾い活動
内容:缶、ティッシュ
場所:店舗前ベンチ
内容:ホットスナック袋
場所:集会所横通路
内容:空き缶
内容:タバコ吸い殻
場所:エントランス前植え込み
内容:ティッシュ
場所:店舗前通路
内容:タバコ空箱
場所:店舗前植え込み
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