なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか? 第4話
翌朝、圭介はいつもより早めに家を出た。あの老人に会うためである。しかし、当然のことだが、約束をしているわけではない。とにかく、公園に行ってみないことにはわからない…。
「いたっ」
思わず声に出てしまった。あのスーツ姿の老人が、今日も黙々とゴミを拾っていた。前の日に、「野球大会」でもあったのだろうか。その日の公園はやたらとゴミが目についた。ベンチのあたりは、空缶と弁当のゴミが散乱していた。
圭介が歩いてくる姿を見ると、老人は、
「おぉ…、おはようさん」
と挨拶をしてきた。圭介は、
「おはようございます」
とピョコンとお辞儀をして答えた。
「あのう…、この前はどうも」
「はて、何か、ワシがしたかな?」
「い、いや。ありがとうございました」
「何が…?」
「何がって…。そう言われると、確かに、何もありませんよね」
「ふぅむ…」
老人は、拾う手を休めて圭介の方を見てニヤニヤ笑っている。
「今日は、この前より、キミが来る時間が早いようじゃな」
「はい。ちょっとあなたにお聞きしたいことがあって」
「ほう、何かな」
そう言うなり、老人は再びゴミ拾いをはじめだした。
圭介は、ゴミ拾いをする老人の後ろをついて歩きながら、昨日の出来事を話し始めた。生まれて初めて、路上の「空缶」を拾ったことを。
「この前、おっしゃいましたよね。拾った人だけがわかるって」
老人は一瞬、手を止めて、
「ほほう、キミは拾ってみて、何かわかったのかな?」
「いいえ、ぜんぜん」
「そうじゃろうなぁ。1つ空缶を拾っただけではなぁ…」
圭介は少々ムッとしたが、そのまま堪えて聞き返した。
「先日、拾えば何が得になるかわかるって、おっしゃったでしょう」
「おや? そんなこと、ワシが言ったかな?」
「言いました」
「そうじゃったかのう…。では、ちょっと、言い直そう。拾うと何かが自分の中で起こる。何かが変わる。その何かは拾った人だけがわかる、という意味で言ったのじゃ。どうじゃな、何か起きんかったかな?」
圭介は、まるで「占い師」に導かれるかのように、昨日のその瞬間の気持ちを素直に話した。誰かに見られているんじゃないかと、恥ずかしくて顔が赤くなったことを。部下にからかわれて、再び赤面したことも。
圭介には可愛がっている姉の子ども、つまり甥っ子がいた。「若葉幼稚園」とは別の園ではあるが、同じ幼稚園児である。目の前に空缶が転がっていた。よくよく、拾ってしまった理由を考えてみると、「子どもが転んでケガをしちゃいけないな」と思った。それが無意識に行動に出たのかもしれない。
次に「自分は偽善者(ぎぜんしゃ)であり、調子のいい人間だ」ということに思い当たった。「たった1つ空缶を拾っただけで、今までの悪行を全部許してもらおう」などと思っているんじゃないか。「人に褒められたい」と思っているんじゃないか。たった1つ空缶を拾っただけで「いい人」に見られようと考えてしまったことが、自分でも許せないのだ。
老人は、黙々とゴミを拾いながら、「うん…、うん…」と言って相槌を打った。そして、「たった一個の空缶で、まぁ、ずいぶんと考え込んでしまったものじゃのう。なんとも理屈っぽいヤツじゃ。そんなことをしていたら疲れるじゃろう。こりゃ百個拾ったらどうなることやら。本当に頭から火が出るかもしれん。ハハハ…」
「…………」
「ではな、もう1つ教えてやろう。ゴミを1つ捨てる者は、大切な何かを1つ捨てている。ゴミを1つ拾う者は、大切な何かを1つ拾っているんじゃな」
「その大切な何かが、『得する』ってことですか?」
「バカもん! お前はすぐに得、得ってな。あんまり損だ得だと考えるな。それより、1つ空缶を拾ってみたことで、何かを1つ拾った感覚を感じはしなかったかな?」
圭介にはすぐには答えられなかった。だが、あんなに「無性に恥ずかしかったという気持ち」は初めての経験だった。たしかに……、「何かが自分の心の中で起きた」ことには違いはなかった。
ごみ拾い活動
内容:お菓子空箱
場所:せせらぎ公園
内容:割り箸
場所:駐輪場前
内容:空き缶
場所:店舗前ベンチ
内容:タバコ吸い殻
場所:駐輪場横
内容:空弁当容器
場所:駐輪場横
内容:タバコ吸い殻
場所:南側道路
内容:タバコ空箱
場所:駐輪場横植え込み
内容:ティッシュ
場所:店舗前ベンチ